7月25日 礼拝録画映像

7月18日 礼拝録画

主日礼拝説教 (2021年7月18日)

マルコによる福音書説教68              2021718

「そのとき、『見よ、ここにメシアがいる』『見よ、あそこだ』と言う者がいても、信じてはならない。偽メシアや偽預言者が現れて、しるしや不思議な業を行い、できれば、選ばれた人たちを惑わそうとするからである。だから、あなたがたは気をつけていなさい。一切の事を前もって言っておく。」

                       マルコによる福音書第132123

 

説教題:「偽メシアと偽預言者たち」

 

今朝は、マルコによる福音書の第132123節の御言葉を学びましょう。

 

マルコによる福音書は、主イエスが為された物語と主イエスが教えられた御言葉(113)、そして主イエスの受難の物語(14168)から成り立っています。

 

マルコによる福音書の113章までは、主イエスがガリラヤからエルサレムまででなされた物語と教えられた御言葉から成っています。

 

さて、わたしの愛唱讃美歌は187番です。この讃美歌を口にしますと、まるで主イエスと共に、わたしもガリラヤにいると思えるのです。

 

教会の礼拝を、わたしは、ガリラヤ湖で主イエスが弟子たちを招かれ、大勢の群衆たちに説教されたところと思えるのです。わたしも、ガリラヤで、そして、エルサレムの都にある神殿の境内で群衆たちと共に主イエスの活ける言葉を聞くことのできる幸いを覚えます。今も主イエスは、聖霊と神の御言葉によって、ここでわたしたちに、わたしたちを永遠の命へと生かす言葉を語られているのです。

 

今朝は、まず、これまでマルコによる福音書の113章の御言葉を学んできましたことを、振り返って見たいと思います。

 

神の子イエス・キリストの福音(マルコ1:1)を、わたしたちは聞き続けて来たのです。

 

主イエスは、ガリラヤで宣教活動を始められました。彼は12弟子たちを召されました。大勢の群衆たちに神の国の福音を語られ、彼らを癒されました。12弟子たちには、神の国の福音の奥義を教えられました。そして、主イエスはファリサイ派の人々、律法学者たち、ヘロデ党の人々と論争されました。マルコによる福音書は、わたしたち読者に主イエスが彼らに殺されることを記しています。

 

主イエスは、ガリラヤを離れて、12弟子たちと共に過ごされました。彼らに弟子教育を施すためです。その教育は、主イエスを、誰と問うことから始まりました。ペトロが代表して「あなたは神の子キリスト」と告白しました。その後主イエスは、彼らに三度御自身の受難と死と復活を予告されました。そして、彼らが御自身のように迫害されることを教えられました。そして、最後まで彼らが主に従うようにと励まされました。

 

主イエスは、12弟子たちを教育した後、エルサレムの都に入られました。そして、神殿を清められ、境内で多くの群衆たちに教えられました。また、ユダヤの宗教的指導者たちと論争されました。その後、13章で主イエスは神殿の崩壊を預言し、今この世の終わりに生きている弟子たちに目を覚まして、気を付けるようにと教えられました。

 

マルコによる福音書は、113章まで主イエスをほとんど現在形で記しています。それによってマルコによる福音書は、過去の主イエスの物語を書こうとしているのではなく、今生きている主イエスを書こうとしているのです。

 

マルコによる福音書(113)の主イエスは、常に12弟子たちと共におられます。

 

マルコによる福音書の113章の物語は、昔の主イエスと12弟子たちとの物語に尽きるのではありません。マルコによる福音書がわたしたちに伝えている神の子イエス・キリストは、復活の主イエス・キリストなのです。だから、復活の主イエスは、今のわたしたちと共に居てくださっているのです。聖霊と神の御言葉を通して、復活の主イエスは、この終わりの世において12弟子たちと同じく、わたしたちと共に居てくださっているのです。

 

終りの世とは、受肉し、人となられた神の子イエス・キリストがこの世に来られてから、再臨される日までです。わたしたちは、終りの世に生きているのです。

 

13章でペトロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレの4人の弟子たちは、主イエスにこの世の終わりにはどんなしるしがあるのかを質問しました。主イエスは彼らの質問に答えて、今世の終わりに生きる彼らの患難を語られ、偽キリストや偽預言者たちに惑わされないように、日々の信仰生活に気を付けて、どんな事態にも慌てないように警告されました。

 

13章で主イエスが語られていることは、この世の終わりのしるしのお話ではありません。むしろ、そのようなしるしはなく、この世に起こる患難や戦争やその噂、そして偽キリストや偽預言者たちの惑わしによって、教会生活、信仰生活が混乱することに気を付けるように警告されたのです。

 

主イエスが12弟子たちに、そして今のわたしたちに伝えたいことは、わたしたちが将来の不安におびえることではありません。むしろ、12弟子たちもわたしたちも、この世がどんな困難にあろうと、突然思いがけない患難が起きようと、偽キリストたちや偽預言者たちが恐ろしい預言をして、その確かなしるしを見せても、驚かないこと、慌てないこと、そして、今のわたしたちの現実の生活を着実に生きることです。

 

次回学びますキリストの再臨以外に、この世の終わりのしるしはありません。そしてキリストが再臨されたなら、もうこの世の終わりのしるしは必要ありません。それがこの世の終わりだからです。

 

主イエスは、天と地の一切を御支配されています。キリストの再臨まで12弟子たちやわたしたちがこの世においてどんな患難に、迫害に遭うかご存知です。だからこの世においてわたしたちが患難に遭えば、その期間を縮めると約束して下さました。耐えられないような試練に遭わせないと、約束してくださったのです。

 

そのお方が、今、わたしたちと共に居てくださる復活の主イエスです。

 

新約の時代の年表を見ますと、今朝の主イエスの御言葉の重要性に気づかされます。

 

紀元前4年に主イエス・キリストは生まれられました。キリストの誕生が紀元前と紀元後の分かれ目です。主イエスは、紀元30年にローマの十字架刑で死なれました。その後三日目に復活されました。50日目に聖霊が降臨され、エルサレムにキリスト教会が生まれました。使徒パウロの回心は紀元32年頃です。48年にエルサレム会議が開かれ、異邦人伝道が認められます。4856年までパウロは三度伝道旅行し、ヨーロッパまで異邦人に福音宣教し、異邦人教会を次々と建てました。54年にローマ帝国の皇帝にネロが即位します。60年にパウロはローマで殉教します。62年に主イエスの弟、ヤコブがエルサレムで殉教します。64年にローマ帝国の首都ローマが大火となります。ネロ帝はキリスト者に責任を負わせて迫害します。ペトロがローマで殉教します。6673年にローマ帝国とユダヤの戦争が起こります。70年にローマ帝国の軍隊によってエルサレムの都と神殿が破壊されます。エルサレム教会のキリスト者たちは、戦乱を避けてベレアに退去します。

 

主イエスの御言葉どおりに、エルサレムにキリスト教会が生まれてから40年間、エルサレムの都と神殿が破壊されるまで、次々とこの世においては出来事が起こりました。キリスト教会とキリスト者たちはローマ帝国の官憲によって迫害され、ネロ帝はローマの大火の罪をキリスト者たちに被せ、迫害しました。ユダヤの国は、偽キリストが現れ、ユダヤの民たちを惑わし、ローマ帝国と無謀な戦争をしました。多くの神の民たちの命、土地と財産が奪われ、彼らの心の支えであった都と神殿は破壊されてしまいました。

 

そうした中でエルサレム教会のキリスト者たちは、戦争とその噂におびえることなく、対処し、ベレアに退去しました。また、選ばれた者たちは、キリスト者たちのことです。彼らは、偽キリストと偽預言者に惑わされないで、彼らの信仰生活を守りました。

 

日本も1990年代、阪神大震災が起こり、オウム真理教の浅原彰晃がこの世を終わりにするために、教団がサリンを地下鉄や松本市の住宅地にまくという事件がありました。多くの方々の命が奪われ、今も後遺症に苦しまれている方々があります。また、えん罪も生まれました。

 

教会が大震災やサリン事件にどのように対処したのか、検証することは大切です。わたしが覚えている限り、改革派教会は大震災に対しては執事活動委員会を中心にして、被災された教会と信徒たちに見舞金を、そして、実際被災地にボランティア奉仕するという形で援助しました。神戸改革派神学校は、移転前でしたが、避難所として地域の方々を助けました。

 

他方、サリン事件については、教会は沈黙したのではないでしょうか。この世の終わりという聖書の教えは、キリスト者がこの世の一般の方々に理解できるように教えるのは難しいでしょう。

 

オウム真理教が起こしたサリン事件を、マルコによる福音書の13章の主イエスの教えから批判した者は、いなかったと思います。

 

幸いなことに、教会もキリスト者たちも、偽キリストや偽預言者たち、すなわち、浅原彰晃やオウム真理教団に惑わされることなく、自分たちの信仰生活に励んでいたと思います。

 

これからもエホバの証人のようにキリストの再臨を叫ぶ者たちが起こるでしょう。統一協会の文鮮明のようにキリストと称する者がいるでしょう。核戦争が終末のしるしだと叫ぶ者がおり、世界第三次大戦が起こると噂する者も起こるでしょう。東日本大震災よりも更に巨大な地震が起こるでしょう。今コロナウイルスがパンデミックとして世界中の人々を恐怖に陥れています。また、日本社会は、地震、集中豪雨、台風、コロナウイルスと複合的な自然災害によって、また高齢化社会によって社会も教会も混乱し、いろんな面で力を失っています。だから、わたしたちの目の見えない所で貧困に苦しんでいる方々がいます。

 

社会が増々不安になり、将来を見通せなくなっています。そして、この世の終わりが続く限り、主イエスが言われるように、今の苦しみは苦しみの始まりに過ぎません。だから、主イエスは、わたしたちに警告されます。おびえたり、慌てたりしないように、偽キリストと偽預言者に惑わされないようにと。迫害も患難も、再臨のキリストが来られるまで、この世の終わりに生きる教会とキリスト者は耐えなければなりません。そして、その日を、主イエスは縮めてくださいます。

 

マルコによる福音書にとって、この世の終わりに生きる教会とキリスト者たちは、今を大切にし、落ち着いてこの世の動きを見て、この世に教会と家庭を定着させるために、知恵を尽くすべきだと述べているのです。

 

コロナウイルスのパンデミックは、人と人との直接の接触を困難にしました。しかし、インターネットという技術が、オンラインを通して人と人をつなぐことを可能としました。完全に教会の礼拝を回復できませんが、主にある交わりをオンラインが阻害することはありません。オンラインで礼拝は可能であり、上諏訪湖畔教会のように、地方の小さな教会は、これによって大きな主の恵みに与れるのです。

 

お祈りします。

 

主イエス・キリストの父なる神よ、今朝、マルコによる福音書第132123節の御言葉を学べる機会を得ましたことを感謝します。

 

今朝は、これまでも学びを振り返る機会を得られ、感謝します。

 

わたしたちが、マルコによる福音書の113章を振り返ることで、わたしたちと復活の主エスとの関りが、これまで以上に身近に感じられて嬉しく思います。

 

また、初代教会の40年間を振り返り、キリストの福音がエルサレムからローマまで、そして、アジアからヨーロッパまでキリストの教会が建てられ、多くの異邦人たちがキリストの福音を聞いて、救われたことを本当に感謝します。

 

日本キリスト改革派教会とその一員である上諏訪湖畔教会も、70年間復活の主イエスによって支えられ、この異教の地に本で福音宣教し続ける恵みを得て感謝します。

 

今後が見通せない今の世でありませんが、恐れることなく、慌てることなく、この世に何が起ころうと、キリスト者の生活を着実になせるようにしてください。

 

常に復活の主イエスがわたしたちと共に居てくださり、わたしたちの弱さを知って、患難の時を縮めてくださることを心に留めさせてください。

 

 

この祈りと願いを、主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。