11月28日 礼拝ライブ配信録画

11月21日 礼拝説教

マルコによる福音書説教82             20211121

昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。そばに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる」と言う者がいた。ある者が走り寄り、海綿に酸いぶどう酒を含ませて葦の棒に付け、「待て、エリヤが彼を降ろしに来るかどうか、見ていよう」と言いながら、イエスに飲ませようとした。しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言った。また、婦人たちも遠くから見守っていた。その中にはマグダラのマリア、小ヤコブとヨセの母マリア、そしてサメロがいた。この婦人たちは、イエスがガリラヤにおられたとき、イエスに従って来て世話をしていた人々である。なおそのほかにも、イエスと共にエルサレムに上って来た婦人たちが大勢いた。

 

説教題:「主イエスの死」

今朝は、マルコによる福音書第153341節の御言葉を学びましょう。

 

主イエスの十字架の死について、マルコによる福音書は記しています。こう記しています。

 

三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。そばに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる」と言う者がいた。ある者が走り寄り、海綿に酸いぶどう酒を含ませて葦の棒に付け、「待て、エリヤが彼を降ろしに来るかどうか、見ていよう」と言いながら、イエスに飲ませようとした。しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。(3437)

 

十字架の上で主イエスは、亡くなる直前に大声で叫ばれました。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」と。マルコによる福音書は、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味であると記しています。

 

わたしは今朝の御言葉を読んでいて、わたしの心に主イエスの絶望の声が響いているのに気付くのです。

 

主イエスが大声で叫ばれたのは、詩編222節前半の御言葉です。詩人ダビデが「わたしの神よ、わたしの神よ、なぜわたしをお見捨てになるのか」と叫んだ絶望の言葉です。

 

ダビデの絶望の嘆きに主なる神は沈黙されたのです。ダビデは、苦難の義人ヨブのように理由のない苦しみで、彼は主なる神に見捨てられたと思うほどに、まわりの敵に責められ、自らは全く無力で惨めな中に置かれていたのです。

 

彼を苦しめ、嘲る者たちは、彼にこう嘲り続けるのです。「お前が日ごろ信頼する主は何をされているのだ。お前を救ってくれないのか」と。

 

まさに今十字架の主イエスは、その苦しみ、絶望の中で、沈黙されている神に、ダビデのように「わたしの神よ、わたしの神よ、なぜわたしをお見捨てになるのか」と大きな声で叫ばれたのです。

 

十字架の主イエスの絶望の叫びを聞いて、わたしたちは映画のビデオをもう一度巻き戻してみるように、もう一度主イエスの御受難を辿るのです。

 

12弟子の一人ユダの裏切り、ペトロが三度主イエスを拒み、他の10弟子たちは主を見捨てます。主はユダヤの官憲に不当に逮捕されます。ポンティオ・ピラトの裁判で主は死刑判決を宣告されます。ローマの兵士たちがユダヤ人の王主イエスを侮辱し、虐待します。そしてゴルゴタの刑場に連れて行きました。

 

このように主イエスは不当極まりないない弾圧によって、生きながらに十字架につけられて、6時間耐えられたのです。

 

わたしたちは、主エスの断末魔の叫びを聞いているのです。十字架の主イエスのこの大きな叫びは、断末魔の人間の最後の叫び、絶望の叫びだったのです。

 

十字架のそばで、これを聞いた幾人かのローマの兵士たちは、主イエスが預言者エリヤに助けを求めて叫んだのだと勘違いしました。

 

そこでローマの兵士たちの中のある者は、自分たちが疲労回復のために飲んでいた酢を、海綿に満たし、それを棒に付けて主イエスに飲ませました。

 

彼は、十字架の主イエスを嘲るユダヤ人たちに加わり、こう言いました。「待て、彼は自分で自分を救い得ないので、ついにエリヤに助けを求めている。エリヤが助けに来るまでこのユダヤ人の王を生かしておこう」と。

 

しかし、主イエスは、絶望の叫びを上げられて、すぐに息を引き取られました。

 

すると、二つの出来事が起こりました。第一の出来事は、エルサレム神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けたことです。第二の出来事は、ローマの百人隊長が十字架の主イエスを神の子と信仰告白したことです。

 

神殿の垂れ幕は、二つありました。第一の垂れ幕は、聖所の入口に掛ける幕でした。第二の垂れ幕は至聖所の前の垂れ幕でした。おそらく裂けたのは第二の至聖所の前の垂れ幕だったでしょう。

 

年にただ一度、大祭司は至聖所に入り、民の罪の執り成しをしました。しかし、十字架のキリストの死によってその至聖所の前の垂れ幕が上から下まで裂けました。

 

それは、一つの象徴です。

 

主イエスの十字架の死は、人に代わる贖罪の死でした。その死によって、神殿の至聖所で大祭司が人の罪を執り成す必要がなくなりました。キリストを通して人は神に罪赦され、御国に至る道が開かれたのです。そして、人は神殿で贖罪の犠牲の動物を献げる必要がなくなりました。

 

もう一つの出来事は、ローマの百人隊長が十字架の主イエスに向かって、「まことにこの人は神の子だった」と信仰告白したことです。

 

 

キリストの福音がユダヤ人から異邦人へと広げられて行くことが、このローマの百人隊長の信仰告白に表されているのでしょう。

 

最後に主イエスの十字架の目撃証人たちは、女性たちだったと、マルコによる福音書は証言しています。

 

三人の女性が紹介され、ガリラヤから主イエスに従い、主イエスに仕えていた女性たちが大勢いたと、マルコによる福音書は証言しています。

 

マルコによる福音書の特色は、キリストの十字架と葬りと復活に、主イエスの11弟子たちが関わっていないことです。女性たちだけが関わっていることです。

 

マルコによる福音書は、「イエスに従う」という言葉を主イエスの弟子として用いています。彼女たちは、12弟子たちに遜色のない主イエスの弟子たちでありました。

 

マグダラのマリアが紹介されています。マルコによる福音書が彼女に注目していることは、見守りです。彼女は十字架の主イエスの死を見守り、墓に葬られるのを見守ります。そして、彼女は誰よりも早く甦られた主イエスの墓を訪れるのです。

 

小ヤコブとヨセの母マリア」は主イエスの母マリアです。彼女がいつ主イエスの弟子となったのか分かりません。彼女は、主イエスがガリラヤからエルサレムに行かれ、御受難の道を歩まれるのについて来たのではないでしょうか。

 

サロメ」という女性は、使徒ヤコブとヨハネ兄弟の母です。彼女は十字架の主イエスの死を見守り、甦られた主イエスの墓を訪れています。

 

この三人の女性たちから教えられることは、本当に信仰は見守るだけでよいのです。ついて行くだけでよいのです。

 

彼女たちの弱さの中に主イエスの恵みが溢れているのを、マルコによる福音書は見て来たのではないでしょうか。

 

そしてわたしたちにこう勧めているのです。「どうか、彼女たちのように主イエスの御後について行ってください。そして十字架の主イエスを見守り続けてください」。

 

コロナウイルスの災禍の中で教会もわたしたちも、通常では考えられない状況に置かれています。教会の命である礼拝と伝道ができない状況にあります。

 

だからこそ、わたしたちは、今朝のマルコによる福音書の御言葉から、使徒パウロが言う主イエスの恵みはわたしたちの弱さの中にあることを、三人の女性たちの信仰に見る必要があると思います。

 

自分の中に信仰の完全さを見る必要はありません。むしろわたしたちの信仰の弱さの中にこそ十字架で死なれたキリストの豊かな恵みがあることを見ようではありませんか。

 

この世ではサタンが見張り役をし、人々を通してわたしたちを非難します。牧師にふさわしくない。長老にふさわしくない。キリスト者としてふさわしくないと。

 

それは確かです。だから落ち込むのです。落ち込み、自分なんか神に見捨てられ、主イエスに愛想をつかれて当然だと思うのです。

 

そして、死が怖くなる時があるのです。わたしたちはキリストの再臨と神の審判を信じているからです。

 

そんな時、わたしたちの慰めは、これだけです。三人の女性たちのように十字架の主イエスを見守ることです。

 

その時に聖霊が働かれるのです。主イエスの御苦しみがわたしためだと信じさせてくださいます。主イエスの十字架の辱めが弱いわたしの力となることを信じさせてくださいます。主イエスの十字架での絶望の声が、わたしが地獄で味わう恐ろしさの身代わりであると信じさせてくださるのです。

 

お祈りします。

 

主イエス・キリストの父なる神よ、今朝は、十字架の主イエスの死を学ぶ機会をお与えくださり、感謝します。

 

いよいよ、マルコによる福音書も12月で終わります。残された主イエスの葬りと復活を学びます。本当にマルコによる福音書から神の御言葉を聞き続けることが出来て感謝します。

 

こんなにもわたしたちの世界と教会がコロナウイルスの災禍の中で変わることが想像も出来ませんでした。

 

いつも日曜日には一緒に礼拝できると思っていました。一緒に御言葉を聞いて、共に聖餐の恵みに与れると思っていました。

 

しかし、それは幻想でした。今や共に集まれなくても、共に聖餐の恵みに与れなくても、わたしたちは主にある兄弟姉妹であり、キリストの体なる教会であることを、どうして共に確信し、確認するのかを問われています。

 

そしてその解決は一つです。共に御言葉を聞くことです。共に御言葉を聞くことが出来るのであれば、そこに主イエスは臨在してくださると信じることが出来ます。

 

どうか、オンライン礼拝を用いてくださり、共に主イエスに招かれ、礼拝を共にし、共に御言葉を聞き、共に十字架の主イエスの御救いと恵みを見させてください。

 

 

この祈りと願いを、主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

主日礼拝説教 (2021年11月14日)

マルコによる福音書説教81           20211114

そこへアレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。そして、イエスをゴルゴタという所―その意味は「されこうべの場所」―に連れて行った。没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはお受けにならなかった。それから、兵士たちはイエスを十字架につけて、

その服を分け合った、

だれが何を取るかをくじ引きで決めてから。

イエスを十字架につけたのは、午前9時であった。

罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。

 また、イエスと一緒に二人の強盗を、一人は右にもう一人は左に、十字架につけた。そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おやおや、神殿を打ち倒し、三日で建てる者、十字架から降りて自分を救ってみろ。」同じように、祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、代わる代わるイエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。

                            マルコによる福音書第152132

説教題:「十字架の主イエス」

今朝は、マルコによる福音書第152132節の御言葉を学びましょう。

 

マルコによる福音書は、主イエスがローマの兵士たちにゴルゴタの丘の刑場に連れて行かれ、十字架につけられたことを物語っています。

 

マルコによる福音書は、ローマの兵士たちがクレネ人シモンを徴用し、彼に主イエスの十字架を担がせたことを記しています。「そこへアレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。(21)

 

無理に担がせた」は、徴用するという動詞です。ローマの兵士たちは、通りかかったクレネ人シモンに国家が処刑にする働きに彼を徴用したのです。

 

クレネ人は北アフリカのクレナイカ地方の首都として栄えた町の出身者という意味です。エルサレムの都には、クレネ人たちを受け入れるユダヤの会堂がありました。

 

シモンの息子たち、「アレクサンドロ」と「ルフォス」は、パウロの書簡にその名が出て来ます。同一人物と断定できませんが、否定もできません。もし使徒パウロの書簡の人物と同一であれば、初代教会において彼ら兄弟の父、クレネ人シモンが主イエスの十字架を担ったことは良く知られていたでしょう。

 

マルコによる福音書は、初代教会で知られていた事実を記しているのです。

 

わたしが面白いと思いますのは、21節の「担がせる」と24節の「取る」という動詞は、同じギリシャ語の動詞です。

 

しかし、その行為者たちは全く反対の行動を取るのです。ローマの兵士たちに徴用され、主イエスの十字架を担ぐシモンは、その後主イエスに殉教の死までも従うキリスト者になり、主イエスの衣服を、くじを引いて取り合ったローマの兵士たちは、どこまでも主イエスに無関心でした。

 

続いてマルコによる福音書は、主イエスが十字架刑に処せられた場所について記しています。「そして、イエスをゴルゴタという所―その意味は「されこうべの場所」―に連れて行った。没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはお受けにならなかった。

 

ローマの兵士たちは、主イエスを「ゴルゴタ」という丘に連れて行きました。それは、「されこうべの場所」という意味でした。

 

ゴルゴタ」という名は新約聖書の福音書だけに出て来る名です。アラム語の頭蓋から由来しています。主イエスの刑場で、エルサレムの都の城壁外の小さな丘でした。現在の聖墳墓教会のある所だと言われています。

 

マルコによる福音書は、その場所に何か意味を見出しているのではありません。受難の主イエスが公にそこで十字架刑に処せられ、ユダヤの指導者たちに侮辱されたことを記しているのです。神の子主エス・キリストのヘリ下りを描いているのです。

 

ローマの兵士たちは、主イエスに没薬を混ぜたぶどう酒を与えたのです。しかし、主イエスは拒まれました。この没薬を混ぜたぶどう酒とは、一種の鎮痛薬でした。主イエスは、十字架刑の苦痛を鎮めることを拒まれたのです。

 

マルコによる福音書は、ローマの兵士たちが主イエスを十字架につけたことを記しています。「それから、兵士たちはイエスを十字架につけて、その服を分け合った、だれが何を取るかをくじ引きで決めてから。イエスを十字架につけたのは、午前9時であった。

罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。また、イエスと一緒に二人の強盗を、一人は右にもう一人は左に、十字架につけた。(2425)

 

マルコによる福音書は、ローマの兵士たちが主イエスを十字架につけ、主イエスの衣服を分配したことを記しています。主イエスの衣服は一枚の布でした。だから、彼らはくじ引きでだれが取るかを決めたのです。

 

旧約聖書の詩編22編は、おのが神に棄てられ、人に嘲られて虫けらに等しいわが身を嘆きつつも、神に救いを求めて答えられた詩人の祈りと賛美です。

 

マルコによる福音書は、十字架につけられた主イエスに詩編22編の御言葉を当てはめながら記しています。

 

詩編2219節の「わたしの着物を分け 衣を取ろうとしてくじを引く。」この御言葉に合わせて、ローマの兵士たちは主イエスの衣服を分け合い、だれが取るかでくじを引きました。

 

マルコによる福音書は、ローマの兵士たちが主イエスを十字架につけた時刻を午前9時と記し、24節で「十字架につける」と記したのに、25節でも「彼らは彼を十字架につけた」と繰り返し記しています。24節は主イエスが十字架につけられたという一種の表題です。そして、25節は主イエスが十字架につけられたという1回限りの事実を記して、主イエスは午前9時にローマの兵士たちによって十字架につけられたと記しています。

 

十字架には、主イエスの罪状書きがありました。「ユダヤ人の王」です。これは、ユダヤの指導者たちとローマ帝国総督ピラトにとっては政治的メシア、すなわち、反ローマ運動の指導者という意味だったでしょう。

 

ユダヤ人の王としての主イエスの十字架刑を、マルコによる福音書は記しています。

 

主イエスと共に二人の強盗が右と左に十字架につけられました。マルコによる福音書は、ただ事実を記すのみです。しかし、その事実に初代教会は、イザヤ書53章の「彼が自らをなげうち、死んで 罪人のひとりに数えられたからだ。多くの人の過ちを担い 背いた者のために執り成したのは この人であった。」という御言葉を思い起こしたでしょう。

 

それが証拠に本文から除かれた28節は、こう記しています。「こうして、『その人は犯罪人の一人に数えられた』という聖書の言葉が実現した。」

 

これは、マルコによる福音書の後に記されたルカによる福音書の本文に影響され、後の時代の人が挿入したと考えられています。

 

28節は本文から削除されましたが、わたしたちは初代教会から今日に至るまでキリスト教会がどのように主イエスを見て来たかを知ることが出来ます。キリスト教会は、ユダヤ人の王としての主イエスを、政治的メシア、あるいはローマ帝国に反逆する指導者として見て来たのではありません。マルコによる福音書が冒頭で主張したように神の子主イエス・キリストと主張したのです。そして、そのお方が真の人となり、罪人の一人に数えられて、わたしたちの罪を十字架の死によって贖われたのです。

 

マルコによる福音書は、十字架につけられた主イエスを侮蔑する通行人たちとユダヤの指導者たちを記しています。「そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おやおや、神殿を打ち倒し、三日で建てる者、十字架から降りて自分を救ってみろ。」同じように、祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、代わる代わるイエスを侮辱して言った。「他人は救ったのに、自分は救えない。メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう。」一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。(2932)

 

 マルコによる福音書は事実を物語ると、わたしは言っています。その事実は、テレビが新聞の報道とは違います。ありのままの、生の事実ではありません。教会の中で主イエス・キリストの受難の物語が語られる中で、いろいろなことが加味され、除かれ、主イエス・キリストの福音として今のマルコによる福音書がわたしたちに伝える主イエスの受難物語として形づくられたのです。

 

 よくテレビのドラマを見ていますと、人の記憶はその人が作ったものだということを聞きます。人の記憶は、時間を経るに従い、その人の都合の良いように作られると。

 

 わたしたちは生の十字架のキリストという事実を知ることはできません。またそのような事実を探求することは不毛です。まるで玉ねぎの皮をむくようなものです。玉ねぎはどんなに向いても芯はありません。同じように聖書をどんなに研究しても、主イエスの生の事実を発見できません。

 

 初代教会の使徒たちやキリスト者たちの中には、生の主イエスを見た者たちがいました。しかし、彼らは、自分たちが生に見た主イエスを証言したのではありません。主イエスとその御業を、旧約聖書の御言葉の成就として、証言しました。

 

 主イエスの十字架の前を通りかかった人々が主イエスを罵ります。ユダヤの指導者たちが主イエスを侮辱します。この事実の記述は、すでに初代教会が十字架の主イエスを詩編2279節の御言葉の実現として物語っていたからです。「わたしは虫けら、とても人とはいえない。人間の屑、民の恥。わたしを見る人は皆、わたしを嘲笑い 唇を突き出し、頭を振る。『主に頼んで救ってもらうがよい。主が愛されておられるなら 助けてくださるだろう。』」。

 

 通りがかりの通行人やユダヤの指導者たちの嘲りは、ユダヤ教のラビたちが主イエスとキリスト教会を批判した言葉だったかもしれません。

 

 初代教会が受難のキリストの物語を物語りました。旧約聖書の詩編22編の御言葉が成就したと、十字架の主イエスを通りがかりの人々やユダヤの指導者たちが十字架の主エスを嘲る物語を作りました。

 

 初代教会とキリスト者たちが伝えた福音とは、ユダヤの指導者たちやポンティオ・ピラトが政治的メシア、ローマ帝国の反逆者として十字架刑に処した主イエスは、まことにユダヤ人の王、神の民の贖い主であったということです。

 

 そして、十字架の主イエスは、己を救うために来られたのではなく、神の民を救うために来られたのです。神の御国の王として、主イエスはわたしたちを罪と死から贖うために十字架の御苦しみを耐えられたのです。

 

 ユダヤの指導者たちは、十字架から降りて、自らを救う主イエスの奇跡を見れば、主イエスをユダヤ人の王、メシアと信じようと言いました。

 

しかし、十字架の主イエスは御存じです。人は奇跡を見て、十字架の主イエスをメシアと信じるのではありません。

 

聖霊によるのです。聖霊の働き無くして、十字架の主イエスがわたしたちの罪のために死なれたと信じる者はありません。

 

後町武雄兄が1111日午前9時に老衰のために召されました。13日の葬儀の準備をしながら、この説教を作りました。

 

後町兄の75年の信仰生活は波乱万丈でした。この教会の創立者のメンバーの一人として、諏訪大社のお膝元で諏訪市民皆が氏子という中で、また後町家の長男として生きていくことは大変だったでしょう。

 

御自身教会につまずかれ、何十年とこの教会を離れられていました。

 

2006年にわたしがこの教会に招聘され、牧師として働き始めました時、望月明先生が後町兄弟を訪問するようにと言われました。望月先生には苦い思い出があったでしょう。望月先生は夏期伝道で、上諏訪湖畔伝道所に来て奉仕されたとき、上河原立雄先生に頼まれて、後町さんを訪問されたそうです。しかし、権魯幌呂に追い返されたと聞きました。わたしは後町さんの奥様に追い返されたのかなと思っていたのです。すると、昨日細田長老が教会に尋ねて来られ、わたしがその話をすると、「いや、後町さんが追い出したんです」と言われて、びっくりしました。わたしには想像できなかったからです。

 

後町さんがこの教会に帰ってきてくださったことは、本当に聖霊のお力です。人の力ではありません。望月先生に後町さんが教会に帰られたことをお伝えしました。喜んでくださいました。このたびの後町さんの召天もお伝えしました。

 

後町さんが「風」に一文を寄稿してくださいました。201312月の№61です。「八木重吉の信仰」という題です。後町さんのわたしたちの教会に対する信仰の遺言となりました。後町さんは八木重吉の詩を紹介し、後町さんは彼の信仰の先に見えるキリストを共に見ようとされています。

 

後町さんはこう記しています。「八木重吉はじっとみつめ死と闘って、人のその澄んだ眼差しが私たちの心の中に焼きつけられるようです。私たちはこのような怖れをごまかさなかった八木重吉の心の偉大さを忘れないようにしたいものです。」

 

いろいろ八木重吉の詩を記されていますが、後町さんにふさわしいのは、この詩だと思います。「キリスト」という題の詩です。

 

「キリスト

 われにありとおもうが

 われみずから

 キリストにありと

 ほのかにても かんずるまでの とおしみちよ

 キリストがわたしをだいてくれる

 わたしのあしもとにわたしがある」

 

 75年の長い地上の信仰生活を経て、今後町さんの魂は清められて、主イエスの御下にあります。後町さんは使徒信条の第三項の祝福の中に生きることが許されたのです。「我は聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、体の甦り、とこしえの命を信ず。」

 

後町さんにとって帰られた上諏訪湖畔教会の礼拝と兄弟姉妹の交わりの中に「罪の赦し 体の甦り とこしえの命を信じる」喜びがありました。

 

この喜びこそ、後町さんが最後まで信仰によって追い求められたものです。そして、その祝福に、今わたしたちも与っています。なぜなら、十字架の主イエスがそれを保証してくださっているからです。

 

お祈りします。

 

主イエス・キリストの父なる神よ、今朝は、十字架の主イエスを学べる機会が与えられ、感謝します。

 

愛する後町武雄兄が1111日に天に召されました。

 

どうかひとりの兄弟がこの地上で75年の信仰生活を通して十字架の主イエス・キリストの恵みの下に生きようとしたことを、わたしたちの心の留めさせてください。

 

どうか後町さんのご遺族の上に主の平安と慰めをお願いします。

 

どうかわたしたちの教会の上にも平安と慰めをお願いします。

 

後町兄のように、わたしたちも「聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、体の甦り、とこしえの命を信ずる」喜びに生かしてください。

 

 

この祈りと願いを、主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。