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礼拝説教 (2019年2月10日)

 

ガラテヤの信徒への手紙説教06   主の2019210

 

その後十四年たってから、わたしはバルナバと一緒にエルサレムに再び上りました。その際、テトスも連れて行きました。エルサレムに上ったのは、啓示によるものでした。わたしは、自分が異邦人に宣べ伝えている福音について、人々に、とりわけ、おもだった人たちには個人的に話して、自分は無駄に走っているのではないか、あるいは走ったのではないかと意見を求めました。しかし、わたしと同行したテトスでさえ、ギリシア人であったのに、割礼を受けることを強制されませんでした。潜り込んで来た偽の兄弟たちがいたのに、強制されなかったのです。彼らは、わたしたちを奴隷にしようとして、わたしたちがキリスト・イエスによって得ている自由を付けねらい、こっそり入り込んで来たのでした。福音の真理が、あなたがたのもとにいつもとどまっているように、わたしたちは、片ときもそのような者たちに屈服して譲歩するようなことはしませんでした。おもだった人たちからも強制されませんでした。―この人たちがそもそもどんな人であったにせよ、それは、わたしにはどうでもよいことです。神は人を分け隔てなさいません。—実際、そのおもだった人たちは、わたしにどんな義務も負わせませんでした。それどころか、彼らは、ペトロには割礼を受けた人々に対する福音が任されたように、わたしには割礼を受けていない人々に対する福音が任されていることを知りました。割礼を受けた人々に対する使徒としての任務のためにペトロに働きかけた方は、異邦人に対する使徒としての任務のためにわたしに働きかけられたのです。また、彼らはわたしに与えられた恵みを認め、ヤコブとケファとヨハネ、つまり柱と目されるおもだった人たちは、わたしとバルナバに一致のしるしとして右手を差し出しました。それで、わたしたちは異邦人へ、彼らは割礼を受けた人々のところに行くことになったのです。ただ、わたしたちが貧しい人たちのことを忘れないようにとのことでしたが、これは、ちょうどわたしたちも心がけてきた点です。

 

さて、ケファがアンティオキアに来たとき、非難すべきところがあったので、わたしは面と向かって反対しました。なぜなら、ケファは、ヤコブのもとからある人々が来るまでは、異邦人と一緒に食事をしていたのに、彼らがやって来ると、割礼を受けている者たちを恐れてしり込みし、身を引こうとしたからです。そして、ほかのユダヤ人たちも、ケファと一緒にこのような心にもないことを行い、バルナバさえも彼らの見せかけの行いに引きずり込まれてしまいました。しかし、わたしは、彼らが福音の真理にのっとってまっすぐ歩いていないのを見たとき、皆の前でケファに向かってこう言いました。「あなたはユダヤ人でありながら、ユダヤ人らしい生き方をしないで、異邦人のように生活しているのに、どうして異邦人にユダヤ人のように生活することを強要するのですか。」

 

        ガラテヤの信徒への手紙第2114

 

 

 

説教題:「福音の真理にまっすぐ生きる。」

 

 

 

パウロは、ガラテヤの信徒への手紙の第2114節で、二つの出来事を記しています。使徒会議とアンティオキア事件です。

 

 

 

前回は、ガラテヤの信徒への手紙第2110節の御言葉を学びました。パウロは、エルサレムで開かれる使徒会議のために、エルサレムを再訪し、エルサレム教会のおもだった人々、すなわち、使徒ペトロ、ヤコブ、ヨハネと会って、伝道について確認し合いました。

 

 

 

その時にパウロの弟子テトスを同伴させました。彼はギリシア人でしたが、おもだった人々は、彼に割礼を受けさせてユダヤ人にしようと強要しませんでした。パウロは、この事実をガラテア諸教会のキリスト者たちに伝えています。

 

 

 

それからパウロとペトロが共に復活の主イエス・キリストが遣わした使徒であることを確認し合いました。主イエスは、ペトロを割礼を受けたユダヤ人たちへの伝道の働きに召され、パウロを異邦人への伝道の働きに召されました。

 

 

 

ガラテヤの諸教会では偽教師たちがやって来て、パウロはペトロと同等の使徒ではないと主張し、ガラテヤ諸教会のキリスト者たちに割礼を受けさせてユダヤ人になることを強要していました。

 

 

 

だから、エルサレム教会のおもだった人々がギリシア人のテトスに割礼を強要しなかったという事実とパウロとバルナバがペトロとヤコブとヨハネと握手した事実は、偽教師たちの主張が誤りであるという証拠となりました。

 

 

 

そしてパウロは、使徒会議で補足として確認された「わたしたちが貧しい人たちのことを忘れないように」ということを、パウロは常に心掛けてきたと記しました。

 

 

 

パウロは、ガラテヤ諸教会のキリスト者たちにこの手紙の211節で「さて」という接続詞を使って一つの重大な事件を伝えようとしています。

 

 

 

この「さて」は、通常「しかし」と訳されています接続詞です。歴史家が歴史を叙述し、彼が読者に描く場面が移ることを知らせるときに、この「さて」という接続詞を使って移った歴史の場面を叙述します。

 

 

 

パウロも同じことをしているのです。今まで彼は読者であるガラテヤ諸教会のキリスト者たちに使徒会議のことを叙述していたのです。そして、彼は「さて」という接続詞を使い、続いて「ケファがアンティオキアに来たとき」と叙述し、パウロはアンティオキア教会で起こった重大な事件を叙述するのです。

 

 

 

この事件の重要性は、パウロがエルサレムを再訪し、エルサレム教会の柱と目される使徒ペトロとヤコブとヨハネに会い、そこで合意したことにありました。その合意後にペトロが異邦人教会であるアンティオキア教会を訪れ、その合意に違反する事件を引き起こしたのです。

 

 

 

アンティオキア教会は、ローマ帝国の属州であるシリアの首都アンティオキアにありました。アンティオキアはローマ帝国の中で3番目に大きな都市でした。その都市に異邦人最初の教会が生まれました。

 

 

 

このアンティオキア教会がパウロとバルナバを異邦人伝道へと遣わしました。その結果、小アジア、現在のトルコの国にガラテヤの諸教会が生まれました。

 

 

 

アンティオキア教会の事件は、エルサレム教会のおもだった人たちの一人、ペトロがアンティオキア教会に混乱をもたらしたのです。

 

 

 

パウロは、1112節でアンティオキア教会における使徒ペトロの態度に非難すべき点を見つけて面と向かって反対したと次のように記します。

 

 

 

さて、ケファがアンティオキアに来たとき、非難すべきところがあったので、わたしは面と向かって反対しました。なぜなら、ケファは、ヤコブのもとからある人々が来るまでは、異邦人と一緒に食事をしていたのに、彼らがやって来ると、割礼を受けている者たちを恐れてしり込みし、身を引こうとしたからです。

 

 

 

使徒ペトロは、エルサレムから直線で500キロ離れたアンティオキア教会を訪問し、異邦人キリスト者たちと一緒に食事をしました。

 

 

 

この食事は、普通の会食のことではありません。教会の交わりの中でする食事、聖餐式です。使徒ペトロは、アンティオキア教会で異邦人キリスト者たちと共に主イエスを礼拝し、共に一つのパンと一つの杯(さかずき)を分かち合いました。

 

 

 

ところがエルサレム教会の使徒ヤコブがアンティオキア教会に使節団を派遣しました。

 

 

 

その使節団がアンティオキア教会に来るや否や、使徒ペトロの態度が一変してしまったのです。

 

 

 

使徒ペトロは、まず割礼を受けている使節団の人々に遠慮しました。使節団の人々の目を気にし、彼らが使徒ヤコブに何を伝えるだろうかと心を悩ませたでしょう。それから、エルサレムはユダヤ人の町です。ユダヤ人たちは異邦人と交わることを許しません。だから、彼はエルサレムに戻るとユダヤ人たちから迫害を受けることを恐れたでしょう。

 

 

 

ユダヤ人の監視下にあるエルサレム教会やユダヤの諸教会のキリスト者たちにとっては、使徒ペトロの態度は理解できるものでした。しかし、偏り見ない神、主イエス・キリストの御目から見て、赦されることでしょうか。

 

 

 

ペトロは、「恐れてしり込みし、身を引こうとした」と、パウロは記しています。退去と分離を表す言葉です。ペトロは、巧みに気づかれないように身を引こうとしたのです。最初は、アンティオキア教会の慣例に従い異邦人と一緒に教会の礼拝で聖餐式を共にしていました。しかし、礼拝を共にしても聖餐式でパンとぶどう酒を飲み食いしなくなりました。そして、アンティオキア教会で異邦人たちと一緒に礼拝しないようになったのでしょう。ペトロの席は空席となりました。

 

 

 

ペトロの態度は、アンティオキア教会の割礼を受けたユダヤ人キリスト者たちに大きな影響を与えました。

 

 

 

それが13節のパウロの記述です。「そして、ほかのユダヤ人たちも、ケファと一緒にこのような心にもないことを行い、バルナバさえも彼らの見せかけの行いに引きずり込まれてしまいました。

 

 

 

他のユダヤ人キリスト者たちもペトロ同様に「このような心にもないことを行い」ました。それは、虚偽を行ったという意味です。「心にもないことを行い」の名詞は演技です。ここから偽善者、役者という言葉が生まれました。

 

 

 

ユダヤ人キリスト者たちは、ペトロを見倣い、アンティオキア教会で異邦人キリスト者たちと交わることを避け、一緒に聖餐の食事にあずからなくなりました。

 

 

 

パウロにとって想定外であったのは、共に異邦人伝道したバルナバまでも、この虚偽に引きずられたことでした。「バルナバさえも彼らの見せかけの行いに引きずり込まれてしまいました。

 

 

 

バルナバは、パウロの一番の理解者でした。彼がパウロとエルサレム教会のおもだった人々との間を取り持ってくれ、一緒に異邦人伝道で苦労を共にしてくれ、パウロにとって掛買いのない存在だったのです。それなのにバルナバまでもこの虚偽に引き回され、福音の真理から外れてしまいました。

 

 

 

使徒言行録は、15章で使徒会議の後、マルコのことで、パウロとバルナバは仲たがいし、別々に異邦人伝道したと記しています。それも真理の一面ですが、このガラテヤの信徒への手紙を読み、アンティオキア教会の事件を知れば、パウロが福音の真理から離れたバルナバと共に異邦人伝道できなかったことにうなずけると思います。

 

 

 

そして、この事件は、キリスト教会の歴史の中で記憶される大きな事件となりました。

 

 

 

第一は、ユダヤ人キリスト者と異邦人キリスト者の分裂の危機です。第二は、パウロとバルナバが分かれて、異邦人伝道する結果となり、初代教会の伝道にとって大きな痛手となりました。第三にパウロの異邦人伝道の拠点がアンティオキア教会からエフェソ教会に移されたことです。

 

 

 

ここではパウロに焦点を合わせて、アンティオキア教会の事件の本質を探ろうと思います。

 

 

 

211節と14節の御言葉から、パウロはアンティオキア教会のこの事件を重大な事件と理解していたことが分かります。一言で言えば「福音の真理」を揺るがす事件でした。一人の虚偽の行為により、教会全体が「福音の真理」から離れようとしていました。

 

 

 

わたしは、「福音の真理」を主イエス・キリストと言い換えたいと思います。パウロの「福音の真理」はキリストの啓示です。キリストは、言われました。「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」(ヨハネ8:3132)

 

 

 

パウロは、アンティオキア教会の事件でエルサレム教会のおもだった人たちの一人ペトロが「福音の真理」に向かって真っすぐに歩んでいない姿を見て、まるで彼に反抗するように激しく彼を非難しました。あのキリストの御前で使徒会議において合意したことと違うではないかと。

 

 

 

パウロの非難の言葉は謎かけのように聞こえます。「ユダヤ人のように」と「異邦人のように」という言葉が「生き方」と「生活」を修飾しています。

 

 

 

パウロの言う意味はこうです。ペトロはユダヤ人なのに、異邦人の特徴的で、異邦人に期待され、異邦人に適した生き方、生活をし、ユダヤ人に特徴的で、ユダヤ人に期待され、ユダヤ人に適した生き方、生活をしていない。

 

 

 

わたしは、御言葉を読んでいて、これは謎かけかと思いました。

 

 

 

パウロはペトロの行為をある意味で厳格なユダヤ教の原理主義者の目で見ているのです。

 

 

 

ペトロがアンティオキア教会で最初異邦人キリスト者たちと共に聖餐の食事をしたことは、ユダヤ教原理主義者の目で見れば、ユダヤ人ではなく、異邦人のように振舞うことでありました。つまり、ペトロは矛盾する行動をして、福音の真理から外れてしまったのです。それは、アンティオキア教会の異邦人キリスト者たちに「ユダヤ人らしく振舞え」と強要することになりました。

 

 

 

直接にペトロの矛盾した態度がアンティオキア教会の異邦人キリスト者たちに割礼を強要することにならなかったと思います。しかし、使徒ヤコブから遣わされた使節団の人々もユダヤ人キリスト者たちも異邦人たちと聖餐を共にしないわけですから、暗黙の裡に異邦人は割礼をうけてユダヤ人にならなければ、共に聖餐の食事にあずかれないということになるわけです。

 

 

 

キリストの十字架は和解の福音です。キリストは敵対する者たちを神に和解させ、平和を打ち立てるために、キリストの教会を建てられたのです。初代教会にとってその試金石が割礼の問題でした。

 

 

 

ユダヤ人と異邦人の対立です。その対立を、人を偏り見ない父なる神は、御子キリストの十字架を通して取り除かれたと、パウロは理解し、十字架のキリストに向かって真っすぐに歩もうとしたのです。

 

 

 

お祈りします。

 

 

 

主イエス・キリストの父なる神よ、ガラテヤの信徒への手紙の第21114節の御言葉を学べることを感謝します。

 

 

 

アンティオキア教会の事件を通して、キリスト教会がどのように危機があり、パウロはエルサレムの使徒会議の合意に基づいて、ペトロを非難し、福音の真理に向けてまっすぐに歩もうとしました。

 

 

 

どうかわたしたちも今朝の御言葉を学ぶことで、わたしたちの神は偏り見ないお方で、すべての人を等しく教会に招き、聖餐の食卓に招かれるお方であることを覚えさせてください。

 

 

 

キリストの十字架によって、すべての者が和解させられました。わたしたちは敵対関係にあり、癒しがたい傷を残して今日に至っています。それでも共に主なる兄弟姉妹として、今この教会で聖餐の食事を共にできることを感謝します。

 

 

 

どうか、わたしたちの教会の聖餐の食卓にいろんな国々のキリスト者たちを集わせ、共に恵みにあずからせ、今主イエスと共にいる喜びで満たしてください。

 

 

 

この祈りと願いを主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

 

2月10日 礼拝説教
ガラテヤの信徒への手紙 第2章 1~14節
190210_001_02.MP3
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