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礼拝説教 (2019年6月9日)

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ペンテコステ礼拝説教       201969

 

 同様に、“霊”も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。人の心を見抜く方は、“霊”の思いが何であるかを知っておられます。“霊”は、神の御心に従って、聖なる者たちのために執り成してくださるからです。神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。

 

 神は前もって知っておられた者たちを、御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定められました。それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子となられるためです。神はあらかじめ定められた者たちを召し出し、召し出した者たちを義とし、義とされた者たちに栄光をお与えになったのです。

 

             ローマの信徒への手紙第82630

 

 

 

 説教題:「万事を益とする聖霊のお働き」

 

 今朝、わたしたちはペンテコステを祝うために、復活の主イエス・キリストにここに招かれました。その喜びの中で、わたしたちは今ひとりの兄弟が主イエスを信じて洗礼を受けるという恵みを見させていただけることを感謝しましょう。

 

 

 

使徒パウロの弟子で、医者であったルカは、使徒言行録という書物を書きました。そこにペンテコステの出来事を、エルサレムに最初の教会が生まれたことを次のように記録しています。

 

 

 

主イエスは復活後40日間地上で11弟子たちと過ごされました。そして、40日目に昇天されました。そして、120名の弟子たちが熱心にエルサレムのある家に集まり祈っていました。50日目に、すなわち、五旬節(ペンテコステ)の日に、父なる神と主イエスは天から聖霊を遣わされました。聖霊が集まりました120人の弟子たち一人一人に与えられました。彼らは、それぞれの国々の言葉で神の偉大な働きを、聖霊を通して証ししました。

 

 

 

それから使徒ペトロたちは、エルサレム神殿で詣でたユダヤ人たち、巡礼者たちにイエス・キリストの福音を説教したのです。「神がメシアに定めたキリストを、あなたがたは十字架につけた」と。ペトロの説教を聞き、聖霊に促されて、3000人の人々が十字架の主イエスを救い主と信じて、洗礼を受けました。

 

 

 

それを、今、使徒パウロは、今朝与えられた御言葉で、「同様に、“霊”も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。(ローマ8:26)と述べているのです。

 

 

 

“霊”」は、復活の主イエスの霊のことです。天から主イエスが遣わされた聖霊です。

 

 

 

パウロは、「同様に、“霊”も弱いわたしたちを助けてくださいます。」と述べていますね。文字通りには、パウロは「霊はわたしたちの弱さを助けてくださいます」と述べているのです。

 

 

 

キリスト者は主イエスをわたしの救い主と信じて救われます。この救いは、わたしの弱さを持ったままの救いです。宗教改革者ルターは、それを「罪赦された罪人」と表現しました。救われても、この世に生きる限り、キリスト者には肉の弱さが消えないのです。

 

 

 

だから、主イエスは、わたしたちキリスト者が御国に入り、完全に救われるまで、わたしたちの弱さを助ける聖霊をお与えくださったと、パウロは言っているのです。復活の体をいただき、御国でわたしたちの救いが完成するまで、聖霊がわたしたちの弱さを助けてくださるのです。

 

 

 

パウロが述べている御霊の助けとは、執り成しです。この世に生きるわたしたちキリスト者は、わが身から出る肉の欲を捨てられない弱さがあります。だから、迷うわけです。それは、サタンの誘惑ともなれば、わたしたちの信仰を試す試練ともなります。

 

 

 

それを、パウロは「わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。」と、御霊の執り成しの助けを述べています。

 

 

 

本当に不思議な御霊の執り成しの助けです。キリストはわたしたちの罪のために十字架という受難の苦しみを味わわれました。復活の主イエスが遣わされた御霊もまた、「わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが」というわたしたちの弱さを、共に負い苦しんで、「言葉に表せないうめきをもって執り成し」、わたしたちを助けてくださるのです。

 

 

 

わたしたちがこの世でわが身の欲のゆえに苦しんでいるとき、今何を主に祈り、主のためにすればよいのか分からないとき、わたしたち一人一人に与えられている御霊も、わたしたちの内にいてくださって、わたしたちと共に苦しみつつ、御霊はわたしたちに「わたしが主のために何を祈り、何をしたいのか」を助け導いてくださるのです。

 

 

 

どうか、今朝洗礼を受けられた、愛する兄弟よ、あなたは洗礼を受けただけでありません。あなたは御霊をいただいたのです。御霊は、あなたが苦しめば、主イエス同様に、あなたのために苦しみ、あなたを常にキリストへと結びつけるために助けてくださいます。だから、今あなたは「聖霊に謙虚に信頼し、キリストの僕としてふさわしく生きることを決心し約束しますか」という誓約に「イエス」と答えられたのですから、どうか、これからの生涯、キリスト者として、あなたの内におられて、あなたの弱さをお助けくださる聖霊に謙虚に信頼してください。あなたは一人でありません。あなたと共に復活の主イエスの霊である聖霊が共に居てくださいます。

 

 

 

分からないのは、祈りの方法ではありません。祈りの内容であり、主の僕としての生き方です。わが身の肉の弱さのゆえに、わたしたちはこの世で迷うのです。それはわたしたちの契約の子たちも同じです。キリストから離れようという誘惑があり、また、離れなくても試練があり、信仰を問われる出来事が起こります。その時頼りになるのが、洗礼を受けたキリスト者とその子たちの内におられる聖霊です。

 

 

 

パウロは、続けて御霊が必ずわたしたちの弱さを助けることができると述べています。

 

 

 

人の心を見抜く方は、“霊”の思いが何であるかを知っておられます。“霊”は、神の御心に従って、聖なる者たちのために執り成してくださるからです。(ローマ8:27)

 

 

 

主なる神は、人の心をよく知っておられます。なぜなら、主なる神は、人の容姿に目を向けられません。わたしたちが人の外見を見て判断するように判断されません。むしろ、主なる神は、心によって人をご覧になります(サムエル記上16:7)

 

 

 

だから、使徒パウロは、主なる神を「人の心を見抜く方」と呼び、御霊は神の思いをよく知られて、わたしたちを神の御心に従って執り成してくださると述べているのです。

 

 

 

わが身に弱さを抱えるわたしたちにとって、パウロの御言葉は福音です。わたしたちは自分の弱さのゆえに悩み多い人生でしょう。しかし、心配はいりません。神がわたしたちの心を知り、わたしたちの内にいてくださる御霊が神の御心を知られて、迷うわたしたちを神の御心に従えるように執り成し導いてくださるからです。

 

 

 

だから、キリスト者として、深い闇に出会ったとき、どうすれば良いか方向が分からないと迷ったとき、正直に「わが内にいてくださる御霊よ、お願いします。助けてください」と祈るだけでよいのです。

 

 

 

あれもこれもと祈る必要はありません。「主よ、憐れみたまえ」と心から叫び祈るのです。

 

 

 

キリスト者の人生に解決策はありません。安全なマニュアルはありません。だから、聖霊に謙虚に信頼して生きるだけです。どんな時にも助けてくださると信じて。

 

 

 

この信仰にこそパウロは保証があると、次のように述べています。

 

 

 

神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。(ローマ8:28)

 

 

 

 「神を愛する者たち」とは、神に知られている者たちです。神が永遠の命に選ばれた者たちです。だから、「御計画に従って召された者たち」なのです。神は永遠の命に定められた者たちを、キリストにあって選ばれ、時至って教会へと召し出されました。

 

 

 

 その時にわたしたちにとって万事が益となるように共にお働きくださるのが御霊です。御霊が働いてくださるから、わたしたちは神を愛し、主イエスを愛するのです。ここで礼拝できるのです。

 

 

 

 「万事が益となるように共に働く」とは、自動的にという意味ではありません。キリスト者の人生はわたしたちの弱さのゆえに紆余曲折があります。人生の挫折を経験する者たちがいます。キリスト者だからと言って、100点満点の人生を歩めるわけではありません。しかし、御霊はわたしたちの人生に寄り添ってくださり、暗闇の中にある時にはうめきをもって神に執り成し、神の御心にわたしたちが歩み、究極的に御国に至り、救いの完成を得るようにしてくださるのです。

 

 

 

キリストが長子である神の家族に、わたしたちを加えてくださいます。だから、神は永遠の命に定められた者たちを、御霊の働きを通して、教会へと招き、聖霊と御言葉を通して、すなわち福音説教を通して、有効に召し出され、召した者たちを義とし、子とし、聖とし、永遠の命にあずからせて、神の栄光に入れてくださるのです。これらすべてが御霊の執り成しの助けであると、パウロは述べているのです。

 

 

 

 ペンテコステの今日、ひとりの兄弟が救われ、洗礼の恵みにあずかり、そして、共にこれから聖餐の恵みにあずかります。

 

 

 

 この恵みに感謝し、心から謙虚に聖霊に信頼して、キリスト者の人生を全うすることをもう一度確認し合おうではありませんか。

 

 

 

 お祈りします。

 

 

 

 イエス・キリストの父なる神よ、ペンテコステの朝、御言葉と礼典の恵みにあずかり、心より感謝します。

 

 

 

 ひとりの兄弟が救われ、洗礼の恵みにあずかりました。その目撃者の一人としていただき、兄弟の誓約に、わたしたちの誓約を確認し合うことが許され感謝します。

 

 

 

 聖霊に謙虚に信頼し、キリストの僕として相応しく歩むことを確認することができて感謝します。

 

 

 

 わたしたちの弱さを助けてくださる聖霊の執り成しと導きに自らを委ねて歩ませてください。

 

 

 

 ここに今もキリストが生きて、救いの御業をされていることを、わたしたちの家族に、この世に人々に証しさせてください。

 

 

 

 この祈りと願を、主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

 

6月9日 ペンテコステ礼拝説教
ローマの信徒への手紙 第8章 26~30節
190609_001_02.MP3
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