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礼拝説教 (2018年5月20日)

 

ヨハネによる福音書説教76       主の2018520

 

そこで一隊の兵士と千人隊長、およびユダヤ人の下役たちは、イエスを捕らえて縛り、まず、アンナスのところへ連れて行った。彼が、その年の大祭司カイアファのしゅうとだったからである。一人の人間が民の代わりに死ぬ方が好都合だと、ユダヤ人たちに助言したのは、このカイアファであった。

 

シモン・ペトロともう一人の弟子は、イエスに従った。この弟子は大祭司の知り合いだったので、イエスと一緒に大祭司の中庭に入ったが、ペトロは門の外に立っていた。大祭司の知り合いである、そのもう一人の弟子は、出て来て門番の女に話し、ペトロを中に入れた。門番の女中はペトロに言った。「あなたも、あの人の弟子の一人ではありませんか。」ペトロは、「違う」と言った。僕や下役たちは、寒かったので炭火をおこし、そこに立って火にあたっていた。ペトロも彼らと一緒に立って、火にあたっていた。

 

大祭司はイエスに弟子のことや教えについて尋ねた。イエスは答えられた。「わたしは、世に向かって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる会堂や神殿の境内で教えた。ひそかに話したことは何もない。なぜ、わたしを尋問するのか。わたしが何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。その人々が私の話したことを知っている。」イエスがこう言われると、そばにいた下役の一人が、「大祭司に向かって、そんな返事のしかたがあるか」と言って、イエスを平手で打った。イエスは答えられた。「何か悪いことをわたしが言ったのなら、その悪いところを証明しなさい。正しいことを言ったなら、なぜわたしを打つのか。」アンナスは、イエスを縛ったまま、大祭司カイアファのもとに送った。

 

シモン・ペトロは立って火にあたっていた。人々が、「お前もあの男の弟子の一人ではないのか」と言うと、ペトロは打ち消して、「違う」と言った。大祭司の僕の一人で、ペトロに片方の耳を切り落とされた人の身内の者が言った。「園であの男と一緒にいるのを、わたしに見られたではないか。」ペトロは、再び打ち消した。するとすぐ、鶏が鳴いた。

 

          ヨハネによる福音書第181227

 

説教題:「尋問と否認」

 

 今朝は、キリスト教会にとって、特別な日です。ペンテコステを記念し、覚える日です。

 

 

 

 古来のキリスト教会は、聖霊を次のように告白しました。聖霊は「主、いのちの与え主であり、父から出て、父と子と共に礼拝され、ともにあがめられる。そして預言者を通して語られた。(ニカイア信条)

 

 

 

 聖霊は、「あなたがたの中で語ってくださる父の霊である(マタイ10:20)。使徒パウロは言う。「神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。(ローマ8:9)。「キリスト・イエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死との法則からあなたを解放したからです。(ローマ8:2)。主イエスは父なる神に聖霊を執り成して下さり、こう祈られました。「わたしの父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。(ヨハネ14:16)

 

 

 

 ペンテコステの日以来、聖霊は表舞台に登場され、今日の聖霊の時代がやって来たのです。

 

 

 

今聖霊は、キリストの霊としてわたしたちの教会に臨在されています。聖霊は聖書の御言葉と共にお働きになります。主イエスの十字架と復活の救いの御業を実現なさる原動力なのです。

 

 

 

 わたしたちとキリストとを結び合わされるのは、聖霊です。

 

 

 

ウェストミンスター信仰告白は、聖霊の働きとして、有効召命、義認、子とされること、聖化、救いに導く信仰、命に至る悔改め、善き業、聖徒の堅忍、恵みと救いの確信を取り扱っています。この聖霊の継続的な働きがなければ、今ここにキリスト者としてのわたしの存在はありません。主イエスが聖霊を通して、ここにわたしたちを集め、礼拝に導き、罪を悔いること、主イエスを救い主と信じる信仰へと導いて下さらなければ、ここに上諏訪湖畔教会は存在していないのです。

 

 

 

 だから、ヨハネによる福音書18章と19章を通して、わたしたちは聖霊が導かれる受難の主イエス・キリストに、共に目を注ごうではありませんか。

 

 

 

聖霊が、キリストの霊として、受難の主イエスと共に受難と十字架の道を歩まれています。

 

 

 

なぜなら、今ここにキリストの霊としてわたしたちと共に臨在される聖霊は、受難のキリストです。聖霊は、主イエス・キリストとして、父なる神が選ばれた者たちにために、苦難を担って共に苦しんでくださったのです。同時に死人の中から復活されたキリストのように、霊に死んでいたわたしたちを永遠の命に復活してくださるのです。だから、ヨハネによる福音書は、すべてのこの世の教会にとって、すべてのキリスト者にとって、主イエスが希望のお方であるように、聖霊も希望のお方なのです。

 

 

 

 さて、今朝は、ヨハネによる福音書181227節の御言葉を学びましょう。

 

 

 

 主イエスは、ローマの軍隊とユダヤの官憲の下役たちに捕らえられました。捕縛され、ゲツセマネの園から大祭司カイアファの義理の父であるアンナスの屋敷に連行されました。

 

 

 

アンナスは紀元6年に大祭司に任命され、15年まで大祭司でした。その後彼の婿であるカイアファが15年から36年まで大祭司に任命されました。だから、アンナスは彼の娘婿であるカイアファの後ろ盾として、力を持っていたのでしょう。

 

 

 

アンナスは、エルサレム神殿の祭司長たちのボスであり、神殿で商売をしている者たちから莫大な利益を得ていたのです。両替人や犠牲の鳩や子牛、小羊を売る者たちから場所代を取っていたのです。ところが、主イエスは神殿で両替をする者たちや犠牲の動物を売る者たちの台をひっくり返され、盗人のように扱い、神殿から追い出されました。だから、アンナスは主イエスを見過ごすことはできませんでした。

 

 

 

12節から14節、それから、19節から24節で、主イエスはアンナスの屋敷に連行され、そこでアンナスから尋問されて、堂々と答えておられることを、ヨハネによる福音書は記しています。

 

 

 

アンナスは、主イエスに彼の弟子たちのことや主イエスの教えについて尋問しました。

 

 

 

主イエスの大祭司アンナスへの応答は、堂々としたものです。逮捕され、堂々とアンナスの屋敷まで連行されました。

 

 

 

そして、大祭司の義理の父であるアンナスに物おじしないで、堂々と答えられました。すなわち、主イエスが神殿で、過越の祭に集まる群衆たちに誰もが見ている前で堂々と語り、行動したと言われました。人に隠れて何かをするということはありませんでした。

 

 

 

だから主イエスは、アンナスに言われました。「このわたしに尋問するのではなく、神殿でわたしが何を話し、何をしたかを多くの群衆が見て、知っているのだから、彼らから聞くと良い」と。

 

 

 

主イエスがアンナスに答えるのを聞いていた下役は、主イエスが何と大祭司様に向かって無礼な奴だと思ったのです。だから、彼は、主イエスに「大祭司様に向かって、何という口の利き方をする奴だ」と非難し、彼は平手で主イエスの顔を打ちました。

 

 

 

ヨハネの受難のイエスは、沈黙のイエスではありません。堂々と下役に反論されました。正義を主張されました。マタイ、マルコ、ルカによる福音書から受難の主イエスを思い描く方には想像できないほど、ヨハネによる福音書の主イエスは堂々とされ、強いお方ですし、罪なき正しいお方です。受難の主イエスの悪ところを、誰も証言できません。

 

 

 

ヨハネによる福音書は、わたしたち読者に受難の主イエスが堂々と信仰を語られ、信じていることを語られる姿を示して、わたしたちがどんなにこの世に対して公然とキリストを語り、正しいことを正しいと語ることが大切なのではないかと知らせてくれています。

 

 

 

この世の者たちは、初代教会のキリスト者たちを迫害していました。ヨハネによる福音書は、受難のキリストを通して、キリスト者たちが堂々と信仰を語り、理不尽なことをする者にはちゃんとした説明を求めるべきだ、キリスト者たちは堂々と神に敵するこの世を生きていくべきなのだと訴えているのです。

 

 

 

アンナスは、主イエスを解放することなく、縛ったままで、カイアファのところに送還したのです。

 

 

 

ヨハネによる福音書は、この世を堂々と生きるキリストに並行して弱い弟子たちを描いています。

 

 

 

12弟子の一人ユダはお金のために主イエスを裏切りました。ペトロは、3度主イエスを知らないと否認しました。

 

 

 

新約聖書の4つの福音書は皆、ペトロが主イエスを3度否認したことを記しています。

 

 

 

ヨハネによる福音書は、ペトロともう一人の弟子がアンナスの屋敷で主イエスが尋問されるのを目撃していたと記しています。もう一人の弟子は、この福音書の著者ヨハネでしょう。

 

 

 

彼は、大祭司の家と関係があり、出入りを許されていたようです。アンナスの屋敷の中庭で裁判が行われ、彼は中庭に入ることができましたが、ペトロは外に立っていました。そこで門番の女中にヨハネにはペトロが中庭に入れるように交渉しました。

 

 

 

ペトロが門を通る時に、ペトロを見て、「あなたも、ヨハネさん同様に、あの方のお弟子でしょう。」と言いました。ペトロは、あまり目立ちたくなかったのでしょう。一言「違う」と答えて、中庭に入りました。

 

 

 

外は夜で冷えます。アンナスの屋敷の僕たちや下役たちは中庭に炭火をおこして温まりました。ヨハネとペトロも一緒に温まり、裁判の行方を見守っていました。

 

 

 

ところが一緒に炭火に温まっている人々の中からある者がペトロに言いました。「お前もあの男の弟子の一人だ。」と。ペトロは、今度は強く否定します。相手の質問を打ち消して、「違う」と強く答えています。

 

 

 

ところが、運の悪いことに、ペトロがゲツセマネの園で主イエスを捕らえに来た下役の一人マルコスの耳を切り落としましたのですが、彼の親戚の者がいたのです。彼は、マルコスと一緒に主イエスを捕らえるためにゲツセマネの園に行き、ペトロがマルコスの耳を切り落とすのを見ていたのです。

 

 

 

ペトロは絶体絶命です。きっと頭の中が真っ白になったことでしょう。それでも彼は、恐ろしさから身を守るように、再び強く打ち消して、主イエスを否認しました。その時に夜明けを告げる鶏が鳴きました。

 

 

 

救いようのないペトロの姿です。

 

 

 

受難の主イエスの堂々とした姿と主イエスの弟子たちの何とも惨めな姿を、ヨハネによる福音書は並行して記しています。

 

 

 

主イエスは、ペトロにヨハネによる福音書の1338節で予告されていました。「はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう。」

 

 

 

予告通りです。だが、ヨハネによる福音書は、ペトロがその後どうしたかは沈黙しています。マタイによる福音書のように、激しく自らの罪を嘆き泣くペトロの姿は描かれていません。

 

 

 

ここはよく考えないといけないと思うし、どうしてヨハネによる福音書は沈黙しているのだろうと、いろいろと思い巡らしていただきたいです。

 

 

 

ヨハネによる福音書は、わたしたち読者に、一つは、主イエスを三度否認したペトロは、あなたがたですと伝えていると思います。

 

 

 

わたしたちは、ペトロのように弱い者たちです。いつどんな状況で、わたしたちもペトロのように、主イエスを否認する、裏切るか分かりません。

 

 

 

だからこそヨハネによる福音書は、強い受難のイエスを描いているのです。どんなにわたしたちがペトロのように主イエスを裏切ろうと、主イエスの父なる神は、永遠からわたしたちを選ばれ、そして、主イエスはわたしたちが失われないために、十字架の道を、そして復活へと歩まれるのです。

 

 

 

ヨハネによる福音書の316節の御言葉を思い起こしてください。「神は、独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」。

 

 

 

主の愛は、この世で弱いわたしたち一人一人を、ペトロのようにしっかりと捕えて放されないのです。

 

 

 

お祈りします。

 

 

 

 イエス・キリストの父なる神よ、ペンテコステの朝、わたしたちは受難の主イエスが弟子に裏切られ、ユダヤの官憲に逮捕され、尋問されたことを、そして、ペトロの3度の否認を学びました。

 

 

 

主イエス・キリストは堂々と受難の道を歩まれ、どこにも悪い点がありませんでした。他方わたしたちはペトロ同様に弱く罪ある者です。しかし、主イエスはわたしたちがどんな状況にあっても、一人も失われることなく、永遠の命にあずからせてくださいます。

 

 

 

どうか主よ、わたしたちに勇気をください。世の人々に大胆にキリストの十字架の贖いを伝えることができるようにしてください。そして今朝、主イエスが「『あなたが与えてくださった人々を、わたしは一人も失いませんでした。」」と言われた御言葉を、聖霊が福音宣教を通して、この世の人々に福音として伝えることができるように導いてください。

 

 

 

この祈りと願いを、主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。 

 

5月20日 礼拝説教
ヨハネによる福音書 第18章 12節~27節
180520_001_02.MP3
MP3 オーディオファイル 38.2 MB

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