ヘブライ人への手紙説教01              202212

神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。

神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって、万物を御自分の力ある言葉によって支えておられますが、

人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。御子は、天使たちより優れた者となられました。天使たちの名より優れた名を受け継がれたからです。

                    ヘブライ人への手紙第1章1-4

 

説教題:「神は御子によって語られた」

 

明けましておめでとうございます。

 

新しき年を、心を新たにして、共に歩みましょう。

 

わたしたちの教会は、130日に会員総会を開きます。それに備えて年報作りが始まっています。

 

今、わたしは、教会目標と聖句について考えています。

 

ヘブライ人への手紙を説教する準備を進める中で、昨年度の教会目標と聖句を思い返しました。そして、わたしは主イエスに感謝しました。

 

主イエスは、わたしたちが忘れていても、覚えていてくださいました。昨年の教会目標は「今の苦難の中で神の慈しみを信じ、希望をもって歩む教会」であり、聖句は旧約聖書の哀歌の第33133節でした。「主は、決して あなたをいつまでも捨て置かれはしない。主の慈しみは深く、 懲らしめても、また憐れんでくださる。人の子らを苦しめ悩ますことがあっても それが御心なのではない。

 

主イエスは、コロナウイルスの災禍の中で礼拝と伝道において苦難の中にあるわたしたちに一人の召天者と一人の洗礼者をお与えくださいました。

 

主イエスは憐れみと慈しみをわたしたちの教会に注いでくださり、一人の兄弟の信仰を70年間守られ、御国へと導かれました。今年の春に兄弟を教会の墓地に納めます。

 

兄弟の70年間の信仰生活を通して、わたしたちは哀歌の聖句、すなわち、神の御言葉が真実であることを知らされました。

 

一人の兄弟が4年間の求道生活を経て、昨年クリスマスに受洗され、わたしたちの教会の会員となられました。わたしたちは主イエスの憐れみを体験しました。わたしたちの弱さの中で主イエスは恵みを発揮してくださいました。

 

さて、ヘブライ人への手紙は、苦難の中にある教会を励ます説教です。この世の誘惑と試練の中で落ちこぼれようとする兄弟姉妹たちに、信仰の確信を持たせて、彼らに誇りを与えるための励ましの説教です。

 

ヘブライ人への手紙の記者は、1322節で、こう述べています。「兄弟たち、どうか、以上のような勧めの言葉を受け入れてください。実際、わたしは手短に書いたのですから。

 

勧めの言葉」とは礼拝の説教のことです。

 

使徒言行録は1315節で、次のように使徒パウロとバルナバが安息日にユダヤ人の会堂で礼拝説教したことを記しています。「律法と預言者の書が朗読された後、会堂長たちが人をよこして、『兄弟たち、何か会衆のために励まし言葉があれば、話してください』と言わせた」。そこでパウロが立ち上がって会衆に説教しました。

 

どうか、ヘブライ人への手紙を、あなたに語られた説教として、お聞きください。今のあなたの信仰を励ます説教としてお聞きください。上諏訪湖畔教会で信仰を持って歩むもうとするあなたに、確信と希望に満ちた誇りを与えるために、この手紙の作者が語りかける説教に耳を傾けてください。

 

この励ましの言葉こそ福音です。わたしたちへの神の喜びの訪れです。

 

説教が語られ、そこで福音としての主イエス・キリストが提供されています。わたしたちがその説教を聞きますとき、主イエス・キリストは説教を聞きますわたしたちと共いてくださいます。

 

ヘブライ人への手紙の冒頭の御言葉に目を留めてください。

 

ヘブライ人への手紙は、わたしたちに神は語られたと記しています。

 

聖書の神は、神社の神々のように鎮座され、沈黙されているお方ではありません。神は人間に語りかけられます。この神の語りかけを、特別啓示と言います。神の救いの御言葉です。

 

ヘブライ人への手紙は、112節前半でこう記しています。「神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。

 

神は、昔、旧約聖書の時代に人に語りかけられ、今この世の終わりである新約聖書の時代に語りかけられています。

 

神は、昔旧約聖書において預言者たちを通して、言葉や幻、契約や神殿の祭儀等の方法で、神の民イスラエルに、メシアである主イエス・キリストの良き訪れと救いを語られました。

 

しかし、この世の終わり、すなわち、キリストがこの世に訪れられると、神は御子主イエス・キリストを通してわたしたちに語られました。

 

「預言者たち」を、申命記1818節で主なる神はモーセに次のように約束されました。「わたしは彼らのために、同胞の中からあなたのような預言者を立ててその口にわたしの言葉を授ける。彼はわたしが命じることをすべて彼らに告げるであろう。

 

ヘブライ人への手紙は、モーセやモーセのように神の御言葉を語る預言者たちだけではなく、アダムやノア、アブラハム、ダビデを預言者と見做しています。いろんな仕方で神の民イスラエルに主の救いを伝えた者たちです。

 

そして、終りの時に、今の新約の時代です。神の御子主イエス・キリストがこの世に訪れられて、終りの時が来ました。神は、わたしたちに御子主イエス・キリストを通して語られました。父なる神の御子として、主イエスは御言葉と御業によってわたしたちに父なる神の愛と救いを語られました。

 

2節後半と3節は、神が御子を通して語られた、御子について説明する文章です。

 

御子は、昔の預言者たちよりはるかに優れたお方であると、説明しているのです。次のように述べているのです。

 

第一に御子主イエスは万物の相続者です。これは、詩編第278節の御言葉を根拠としています。

 

主の定められたところに従ってわたしは述べよう。主はわたしに告げられた。『お前はわたしの子 今日、わたしはお前を生んだ。求めよ。わたしは国々をお前の嗣業とし 地の果てまで、お前の領土とする。』」

 

主イエスは復活され、11弟子たちとガリラヤで再会されました。復活の主イエスは彼らに大宣教命令を下されました。その時主イエスは、言われました。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている(マタイ28:18)と。

 

ヘブライ人への手紙の作者は、主イエスが十字架と復活の御業を通して贖いを成し遂げられた後に、主イエスは神によって万物の相続者に定められたと述べているのです。すなわち、万物の一切を支配なさっていると述べています。

 

第二に御子主イエスによって世界が創造されたことです。御子主イエス・キリストは、世界の創造者です。主イエスは万物の創造者、源として、わたしたちの世界を支え、守られているのです。

 

ヘブライ人への手紙は万物の相続者であり、この世界の創造者である御子を通して、父なる神がわたしたちの救いのために働かれていることを伝えようとしているのです。

 

この御子主イエスを通して以外に、わたしたちが父なる神と和解し、罪を赦されて、救われ、御国に入れる道はないのです。

 

今朝の礼拝でも神は、主イエスを通してわたしたちに語られています。そしてこの後聖餐の食卓においても神は主イエスを通してわたしたちに語られ、神の御国へとお招きくださっているのです。

 

お祈りします。

 

主イエス・キリストの父なる神よ、新年礼拝よりヘブライ人への手紙を学べる事を感謝します。

 

どうか、わたしたちがヘブライ人への手紙を通して、主イエス・キリストとその救いの御業を通して、神の御言葉を聞き、信仰の励ましを得られるようにしてください。

 

これから聖餐式の恵みに与かります。どうかわたしたちを聖餐の食卓に招かれるお方がわたしたちの救い主であるだけではなく、万物の創造者であり、相続人であることを心に留めさせてください。

 

今朝の御言葉によって、神の救いを確信し、聖餐の恵みによってわたしたちの国籍が天にあることを確信させてください。

 

その確信によって、わたしたちが上諏訪湖畔教会の群れとして、信仰に生きることに誇りを持たせてください。

 

 

 

この祈りと願いを、主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

 

ヘブライ人への手紙説教02              202219

神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。

神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって、万物を御自分の力ある言葉によって支えておられますが、

人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。御子は、天使たちより優れた者となられました。天使たちの名より優れた名を受け継がれたからです。

                    ヘブライ人への手紙第1章1-4

 

説教題:「御子は父なる神と同等の御方です」

 

新年の第一主日礼拝からヘブライ人への手紙を学び始めました。四福音書や使徒パウロの手紙に比べて、ヘブライ人への手紙の説教を聞くことは少ないでしょう。初めての方もあるでしょう。

 

わたし自身、牧師として初めてヘブライ人への説教を試みました。

 

ヘブライ人への手紙の第114節は、この手紙の序章です。前置き、初めの部分です。

 

普通手紙の前置き、初めの部分には、手紙の作者が自己紹介の挨拶をし、宛名の教会やキリスト者たちへの挨拶があります。ところが、ヘブライ人への手紙は、それらが一切ありません。手紙の挨拶が欠落しています。

 

しかし、ヘブライ人への手紙の作者は、手紙の後書きで挨拶を記しています。それで、手紙だと分かるのです。

 

ヘブライ人とは、神の民ユダヤ人のことです。さらに正確に言えば、ユダヤ人キリスト者のことです。

 

この手紙の終わりに、「イタリア出身の人たちが、あなたがたによろしくと言っています。」と記しています。どこに住むユダヤ人キリスト者たちに宛てて書かれたのかは不明ですが、ある特定の者たちに宛てて書かれたものです。

 

先週もお話ししましたが、この手紙は「励ましの言葉」です。書かれた説教です。この手紙は書かれた説教として、ある特定のキリスト者たちの信仰を励まし、慰め、彼らに信仰の確信と誇りを持たせるために書かれました。

 

わたしは、この手紙の出だしが素晴らしいと思うのです。この手紙は、こう記しています。「神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。

 

ヘブライ人への手紙は、わたしたちにこう訴えているのです。神が旧約の時代には預言者たちを通して、そして新約の時代には御子を通して語られたから、この世に神の民イスラエルが存在し、キリスト教会が存在し、キリスト者である私たちが存在しているのだと。

 

わたしは、たまに聞かれます。「先生、説教を聞いて何になるのですか」と。そして、「何の役にも立ちません」と言われます。わたしは、その声に納得します。「まことに」と。

 

説教がこの世の人に役立つものであれば、上諏訪湖畔教会の礼拝は、いつも人でいっぱいでしょう。しかし、現実は今日もこの数です。

 

このわたしたちの教会を、書かれた説教によって励ましてくれるのが、ヘブライ人への手紙です。

 

月に一度詩編の説教を続けています。詩編の詩人が世の人々に嘲られて、「お前の神はどこにいる」と言われました。彼は堂々と答えることができません。しかし、彼は今絶望に陥る中で神の御声を聞くことを祈り求めているのです。

 

神の民イスラエルは、モーセを通して彼らに語りかけられる神の御言葉によって生まれました。彼らは、神の励ましの言葉によって、奴隷の地エジプトから解放されました。そして、シナイ山に導かれて、主なる神に出会いました。そして、彼らは主なる神から十戒を授けられ、約束の地カナンへと導かれたのです。

 

主なる神は、モーセのような預言者たちを彼らの同胞から起こされ、彼らを通して語り続けられました。そして、神の民は、神が預言者たちを通して語られるのを聞いて、12部族からダビデ王国へと形づくられました。しかし、神が預言者たちを通して語られた御言葉に、彼らが背を向けると、主なる神は彼らを異邦人の王たちの手に渡され、彼らは捕囚の民となりました。そして、彼らは捕囚の地でも数々の預言者たちを通して語られる神の御言葉を聞くことによって、神の民イスラエルとして、この世界に存在し続けたのです。

 

そして、預言者たちが語って来た終わりの時代が来たのです。神が御子を通してわたしたちに語られる時代が来ました。

 

神が御子を通してわたしたちに語られることは、二段階あります。御子が直接に語られる段階と御霊と御言葉を通して語られる段階です。

 

第一の段階はクリスマスに訪れました。神の御子主イエス・キリストがこの世に来られたことです。

 

キリストは洗礼者ヨハネから洗礼を受けられました。その時に聖霊が鳩の形で主イエスに留まられました。天から父なる神の声がしました。「わたしの愛する子、わたしの心に適う者」と。

 

こうして神は、この御子を通して語られました。十二弟子たちやガリラヤの民衆に、そして敵対するファリサイ派の人々に。

 

そして、ヘブライ人への手紙が13節で「人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。」と記していますように、天に帰られた主イエスは、聖霊をこの世に遣わされました。神は、キリストの霊である聖霊を通して語られています。それが説教であり、教会の福音宣教です。

 

これが御子を通して神が語られる第二段階です。ペンテコステの日に聖霊が下られて以後、聖霊が使徒たちの説教を通して語られました。そして、今も聖霊は教会の福音宣教を通して、わたしたちに語られています。

 

このように神が預言者や御子を通して語られて、神の民イスラエルがこの世に存在し、キリスト教会とキリスト者たちが存在しているのです。

 

神が語られることは、神が御自身をわたしたちに知らされることです。神は、この世の終わりに御自身を御子として現わしてくださいました。そしてわたしたちを御子の十字架の贖いによって罪を清めてくださり、御子の復活を通してわたしたちに永遠の命をお与えくださり、わたしたちを神に近づけてくださり、御国へと導いてくださっているのです。

 

ヘブライ人への手紙は、わたしたちに2節後半から3節で次のように御子の偉大さを伝えています。「神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって、万物を御自分の力ある言葉によって支えておられますが、人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。

 

神は御子を万物の相続者に定められました。御子は万物を統治されています。その万物は御子を通して創造されました。御子は万物の創造者、根源です。

 

更にヘブライ人への手紙は、わたしたちにこう言っています。「御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって」と。「神の栄光の反映」とは、ナザレの主イエスのことを言っているのです。歴史において存在した主イエスは、神の永遠の御子であり、父なる神と同等の御方であるというのです。だから、主イエスの内に父なる神の栄光が輝いているのです。だから、わたしたちは信仰によって主イエス・キリストを見るとき、父なる神と同等であるお方として、主イエスを仰ぎ見るのです。

 

万物を御自分の力ある言葉によって支えておられます」とは、御子が万物を摂理の御業によって保持し、支えられていることです。

 

主イエスは、一羽の雀も、一輪の野の花も、神の御心がなければ、捕らえることも枯れることもないと言われました。その主イエスの御言葉によって、主イエスは万物を保持され、支えられているのです。

 

御子は、大祭司として、王として父なる神の右に着かれたのです。だから、御子は大祭司として、御自身の十字架によって、わたしたちの贖いを完成されました。わたしたちの罪を清められ、わたしたちを父なる神に近づけてくださるのです。

 

そして御子は王として、神に近づけられたわたしたちを、最後の審判において罪なき者とし、御国の相続者としてくださるのです。

 

このようにヘブライ人への手紙は、わたしたちに次のことを訴えているのです。御子イエス・キリストは、御父なる神と同等の御方であり、御自身の十字架の御業によってわたしたちを父なる神と和解させ、御自身が復活し、そして、父なる神の右に座されることで、わたしたちに神の永遠の救いの保証となって下さったのです。

 

お祈りします。

 

主イエス・キリストの父なる神よ、ヘブライ人への手紙を学べる事を感謝します。

 

どうか、わたしたちがヘブライ人への手紙を通して、わたしたちに御子を通して語られる神との交わりに、わたしたちの命とこの世における存在があることに気づかせてください。

 

御子が万物の創造者、わたしたちの救いの完成者として、御父なる神と同等の御方として、この世界と教会を統治されていることを心に留めさせてください。

 

神が御子を通して語られ、神が御子を通してこの世と教会を統治されるゆえに、この世に教会があり、わたしたちキリスト者が存在していることを信じさせてください。

 

この信仰の確信によって、わたしたちに上諏訪湖畔教会の教会員として生きることに、誇りを持たせてください。

 

 

 

この祈りと願いを、主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。